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TEACHER INTRODUCTION
竹内 昌治先生SHOJI TAKEUCHI
【現在の所属】
東京大学 情報理工学系研究科 教授
【受賞当時の所属】
東京大学 生産技術研究所 教授
生産技術研究所 統合バイオメディカルシステム国際研究センター長
1995年東京大学工学部産業機械工学科卒業。97年同大学大学院工学系研究科機械情報工学専攻修士課程修了。2000年同博士課程修了。01年東京大学生産技術研究所講師、03年同助教授、14年同教授、19年同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻教授、現在に至る。この間、2009年より神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)プロジェクトリーダ、04-05年ハーバード大学化学科客員研究員、08-18年同大学生産技術研究所バイオナノ融合プロセス連携医研究センターセンター長、10-17年JST-ERATO竹内バイオ融合プロジェクト研究総括、17-19年同大学生産技術研究所統合バイオメディカルシステム国際研究センターセンター長などを歴任。専門はバイオハイブリッドデバイス、ナノバイオテクノロジー、マイクロ流体デバイス、MEMS、ボトムアップ組織工学。

生きものづくりの深化
2022.01.20
 永瀬賞をいただいて、早や5年がたちますが、今も「生きものづくり」をさらに発展させています。生きものづくりはDNAやタンパク質、細胞などの「生きもの」を使ったモノづくりで、創薬、医療分野に限らず、センサ・ロボット産業や食品産業など幅広い分野に応用が期待されています。最近、研究室では、蚊の嗅覚受容体を用いて、呼気からがんマーカを検出できるようなセンサ[1]が登場したり、移植1年後も癒着なく取り出し可能な移植片[2]などの成果も上がってきました。何よりもいま一番力を入れているのが、培養肉[3]の研究です。
 今から約30年後の2050年には人口は100億人近くになるといわれています。新興国が今よりもはるかに豊かになってくることを考えると肉の消費量が一気に上がり、肉の供給が追い付かない時代がくるといわれています。肉の生産が追い付かないのであれば、家畜を増やせばよいという考えもありますが、家畜は、温室効果ガスの排出や、土地・水を大量に必要なことから、環境負荷の影響が課題になっており、これ以上、無尽蔵に増やすことはできません。また、人獣共通感染症を防ぐための安全管理やフードロスなど、これまでの食肉の生産には多くの課題が顕在化してきています。これらの課題に対する一つの解決策として、食肉を細胞から工場で生産するというアプローチがあります。すなわち、動物を殺さずに、動物から少しだけ細胞を分けてもらい、それらをクリーンな環境の工場で大量に培養後、三次元の筋組織に形成し、食肉として販売する方法です。研究室では、そのような新たな食肉生産の時代に向けて、培養肉の開発を行っております。
 この構想は、10年ほど前からあり、永瀬賞の受賞講演でもお話ししましたが、当時は、研究費の支援もなく、本格的に構想を推し進めることができませんでした。その後、地道な声掛けを続けた結果、興味を持っていただいた企業と共同研究が始まり、現在は、国にもその重要性を認めていただき、大型の研究助成[4]を受けて、オールジャパン体制で研究を推進することができております。2019年には、これまで培養肉の開発で主流だったミンチ肉を技術的に進歩させ、筋線維が一方向にそろったステーキ肉と呼べる立体組織を形成することに初めて成功しました(図1-3)[5]。現在は1グラム程度ですが、2025年には100グラム程度のステーキ肉の作製法の確立向けて日々研究を進めています。

 培養肉はビジネス面で多くの投資家から注目されており、ベンチャー企業も続々と立ち上がっています。昨年から製品化も少しずつされるようになってきました。ですが、現在市場に出ている培養肉は、植物肉や他の足場材料と混ぜ合わせたものが主流で、完全に動物の組織を再現した肉の形成には至っていません。動物の体内では容易にできていることも、体外で実現することは難しく、生命科学において長年の課題となっています。培養肉はビジネスとして発展する一方で、このような大きな課題への挑戦でもあり、基礎研究と実用化研究まで多くの研究者や企業を巻き込んだ一大領域に発展しつつあります。そこでは、工学に加えて、医学、生物学、化学、人文社会学、芸術など様々な分野をバックグラウンドとする人たちが集まり、アイディアを形にする、まさにThink Hybridが必要になってくる分野です。肉っぽいものはできても、本物の筋肉と見間違うような組織を体外で、しかも食用材料だけでつくるのは至難の業であり、完成にはあと30年かけてもできるかどうかという途方もない挑戦です。その一歩がようやく始まったと考えています。これまで培ってきた「生きものづくり」をますます深化させ、実用化の道を歩めるよう、今後も楽しんで研究をしていきたいと思います。

ウシの筋芽細胞から3次元筋組織を作製した約1グラムの培養ステーキ肉(図1)




筋芽細胞を内包したシート状の筋モジュールを積層しすることで(図2)、サルコメア構造をもつ筋線維が一方向に並び、もしっかりと観察できている(図3)。培養条件を変化させることによって天然肉に近い硬さが出てくることが分かってきた。2025年には100グラム程度のステーキ肉を実現したい。

[1] Tetsuya Yamada, Hirotaka Sugiura, Hisatoshi Mimura, Koki Kamiya, Toshihisa Osaki, and Shoji Takeuchi: Highly Sensitive VOC Detectors Using Insect Olfactory Receptors Reconstituted into Lipid Bilayers, Science Advances, Volume 7, No 3, eabd2013, 2021 [Web]
[2] Fumisato Ozawa, Shogo Nagata, Haruka Oda, Shigeharu G. Yabe, Hitoshi Okochi, and Shoji Takeuchi: Lotus-root-shaped cell-encapsulated construct as a retrieval graft for long-term transplantation of human iPSC-derived β-cells, iScience, 102309, 2021 [Web]
[3] Mai Furuhashi, Yuya Morimoto, Ai Shima, Futoshi Nakamura, Hiroshi Ishikawa, and Shoji Takeuchi: Formation of contractile 3D bovine muscle tissue for construction of millimetre-thick cultured steak, Science of Food, 5, No. 6, 2021 [Web]
[4] JSTNEWS 2021年12月号
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2021/202112/pdf/2021_12_p03-07.pdf
[5] 培養ステーキ肉の実現:http://www.hybrid.t.u-tokyo.ac.jp/culturedmeat/