トップページ >  受賞された先生のご紹介 >  柴田 直哉先生
TEACHER INTRODUCTION
柴田 直哉先生NAOYA SHIBATA
【現在の所属】
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構先端ナノ計測センター教授
【受賞当時の所属】
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 准教授
原子を直接観測できる世界最高峰の電子顕微鏡の開発者。
最も小さな水素原子まで観察できる驚異の顕微鏡は、結晶界面、表面、転位などの局所構造を原子・電子レベルで把握し、機能発現メカニズムを解明。これが、高性能材料の開発、新規デバイスの創出、電磁物性の発現機構観測などさまざまな発展に結びつくと考えられています。最先端のナノ計測技術と理論計算法を駆使した研究について、お話いただきました。

研究の進歩 ─ Progress in research ─
2019.11.3
永瀬賞を受賞してから、早4年が経ちました。当時は世界的にみても我々のグループしか研究していなかった原子スケールの電磁場観察でしたが、最近では世界中で同じような観察を目指すグループが急速に増加しており、大変熾烈な研究開発競争が行われています。受賞当時はまだ研究としては暗中模索の時期でしたが、永瀬賞を頂けたことは新しい挑戦を続けていく上で大きな励みとなりました。この4年間で研究は大きく進歩しました。
まず、原子の内部にある電場を高精度に直接観察することができるようになりました。この原子内部の電場とは、原子の中心にある正電荷をもった原子核とその原子核の周りにある電子雲の間にある電場です(図1)。つまり、「原子」を見るだけではなく、「原子の内部」を直接見ることができるようになりました。この電場を高精度に観察することができれば電子雲の詳細な分布を可視化できると期待しています。このような観察はこれまで直接観察することができなかった原子同士の結合の可視化に繋がるかもしれません。このような進歩は、原子観察に留まっていた従来の電子顕微鏡を一段飛躍させる大きな一歩になると考えています。
もう一つ開発にも大きな進歩がありました。受賞講演のときに次の夢として原子スケールの磁場を直接見てみたいというお話をしました。しかし、電子顕微鏡の磁界レンズがその大きな障壁となっていました。電子を細く絞るためには強い磁場を出す磁界レンズを使います。試料はこのレンズの内部に入れて観察しますので、試料には常に強い磁場がかかります。しかし、このレンズの強い磁場が試料にかかると、原子スケールの磁場観察ができません。そこで、磁場のないところに試料をおいても電子を細く絞ることのできる新しいレンズの開発に2014年から取り組みました。そして、今年(2019)ついに、試料を強磁場中に入れることなく原子を直接観察することのできる電子顕微鏡開発に世界で初めて成功しました(図2)。これは1931年に初めて電子顕微鏡が開発されてから実に88年目の快挙であると世界的な評価を頂いています。この開発の成功によって、始めは夢物語であった原子スケールの磁場観察に新たな道が開かれました。まだ、その最終ゴールには到達していませんが、誰も見たことのないものを見たいという夢を追って、今日も新しい挑戦を続けています。

図1チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)結晶中の原子電場観察例
(左)通常のSTEMによる原子観察例。原子は輝点として観察される。周期的に原子が配列している様子が可視化できる。(右)本研究により、原子内部の電場を可視化した像。像中のカラーは電場の向きと強さを表している。凡例(カラー表示と電場ベクトルの関係)と比較すると、原子中央部の原子核から電場が放射状に発生していることが実験的に可視化できている。



図2新しく開発した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS)とその結果
(左)新開発の電子顕微鏡の外観。(右)鉄(Fe)と3%のシリコン(Si)を含む電磁鋼板を観察した磁場フリー電子顕微鏡像。像中の輝点はFe原子位置に対応する。この時、試料上の磁場は0.2ミリテスラ以下に保たれている。