
高校生で生命科学に目覚め大学生でウイルス研究を志す
私が最初にウイルスに興味を持ったのは中学生のころです。テレビ番組で、感染すると致死率40%を超えるエボラウイルスのことを知り、こんな恐ろしいウイルスがあるのかと驚きました。高校生のときに触れた漫画や小説、映画でも、ウイルスを題材に扱う作品が多数ありました。特に好きだったのが、漫画『20世紀少年』です。世界を二度にわたって滅亡の危機に追い込んだ殺人ウイルスが登場し、ウイルスに立ち向かって人類を救う科学者の姿に憧れました。
高校生になると生命科学全般への興味が高まり、新聞記事をスクラップブックにまとめていました。「ヒトゲノムの解読完了が近づく」、「エイズの起源が解明された」、「クローンの羊が誕生」などのニュースが今も印象に残っています。
大学でも生命科学について学びたいと、進路は理学部の生物学科と農学部で迷いました。調べてみると、どちらの学部でも生命科学の基本は学べるらしい。違いは、理学部は基礎研究に比重があり、農学部は生命科学の応用に力を入れていることぐらい。遺伝子を操る遺伝子工学に強い関心があった私は、農学部を選びました。
大学では生命科学の本をよく読んでいました。そのなかでもやはりウイルスがおもしろそうだと感じ、大学2年のときにウイルスの研究者になることを志します。ウイルスと言えば『20世紀少年』の印象が強く、「みんなが知っているウイルスを研究したい」と考え、エイズを引き起こすHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を研究テーマにしようと決めました。
ここまで来ると、次は研究室選びです。私は東北出身で、東北、ひいては北日本から出るつもりがなく、北日本でHIVの研究室を探しました。見つけたのが、当時、東北大学大学院医学系研究科に在籍していた小柳義夫先生です。遺伝子工学に力を入れている研究室で、私自身の興味関心にも合致していました。研究室見学の際によくしていただいたこともあり、大学3年のときに「大学院で小柳先生のところに進学したい」旨を伝えに行くと、まさかの返事が。「僕は来年、京都大学に移るから、研究室に来たければ京都大学の大学院を受験しなさい」。東北を出てやっていけるのか、不安や葛藤もありましたが、一大決心をして、京都に行くことにしました。大学院では念願叶い、遺伝子工学を使ったHIVの研究に主に取り組みました。
大きな葛藤の末に始めた新型コロナの研究

2018年に東京大学医科学研究所で研究室を立ち上げた先には、思わぬ事態が待ち受けていました。19年の末に、中国・武漢で流行が始まった新型コロナウイルス感染症です(資料1)。年が明けると日本でも感染が見つかり、流行は世界各地に広まって、3月にはWHO(世界保健機関)がパンデミック(世界的大流行)を宣言するに至ります。
世界を揺るがす一大事を目の前にして、一人のウイルス学者として大きな葛藤がありました。新型コロナウイルスと、私が専門としてきたHIVはまったく別のウイルスです。ウイルスが感染・増殖する仕組みも、感染が引き起こす症状も大きく異なります。つまり、HIVの研究者からしてみれば、新型コロナウイルスは「専門外」であったのです。とはいえ、世界を巻き込む一大有事の只中で、ウイルス学者として何もしないでよいものか・・・・・・。思い悩んだ結果、少しでも何か役に立てればとの思いで、新型コロナの研究に着手しました。日本国内で緊急事態宣言が発出される直前の3月終わりのことです。
このとき着手した研究が20年のうちに形になり、論文を2本出すことができました。その結果、21年の研究予算の公募に採択されました。どんな研究をどんな体制でやるかを考えた結果、メンバーを集めて21年1月に立ち上げたのが、「G2P-Japan」という研究コンソーシアムです。
発想の源にあったのは、アメリカの研究体制です。アメリカは、20年の新型コロナの研究で、圧倒的な研究成果をあげていました。彼らの研究の進め方を調べてみると、チームで研究に当たっていることが分かりました。自分たちもチームで研究を分担すれば、スピード感を持って成果を出すことができるのではないかと考えたのです。

結成当初、コンソーシアムのメンバーには、「3カ月で、『ネイチャー』や『セル』のようなトップジャーナル(一流の科学誌)に論文を掲載しよう」と発破をかけましたが、当初は誰も信じていませんでした。その風向きが変わったのが、21年7月に、『セル』の姉妹誌『セル ホスト&マイクローブ』に掲載されたコンソーシアムとして初めての論文です。後にデルタ株で重症化に関与していることが確かめられたL452Rの変異の性状を解明しました。最初の論文が大きな成果につながったことで、メンバーの士気にも火が点きました。コンソーシアムの活動のクライマックスとも言えるのが、21年11月末に南アフリカで報告されたオミクロン株の性状を解析した研究です(資料2)。すでに獲得された中和抗体が有効かを調べるグループと、病原性の程度を調べるグループの2本の研究を同時に走らせ、12月末には二本の論文を世界に先駆けて公開することができました。その内容も評価され、翌22年2月には2本の論文とも『ネイチャー』に掲載されることになったのです。
次のパンデミックに備えてさまざまな研究に取り組む
23年9月時点で、G2P-Japanで発表した論文は28本。成果を出すたびにコンソーシアムの規模は大きくなり、世界からの認知度・注目度も高まっています。今では、国内外で新型コロナの研究を牽引する集団として認知されています。新型コロナの流行はだいぶ落ち着きましたが、今でも変異株は出続けていて、今後もG2P-Japanとして、新しい変異株の性状をいち早く解析する研究活動を続けていきます。
加えて、G2P-Japanでは次のパンデミックに備えた連携体制も維持・強化していきます。新型コロナのときは、世界に流行が広まり始めた20年の頭から、コンソーシアム立ち上げの21年1月までに一年のタイムラグがありました。その反省から、次のパンデミックが起きたときに即応できる体制を築いておく必要性を痛感しています。
自分の研究としては、ウイルスの「異種間伝播」の原理の解明に力を入れています。例えばHIVは、もともとチンパンジーが持っていたウイルスが種を超えてヒトに伝播し、ヒトの病気を引き起こしました。新型コロナはもともとコウモリのウイルスだと言われています。こうした異種間伝播の仕組みを研究することで、どんなウイルスがヒトに病気をもたらすのか、動物のウイルスがどうしてヒトに感染するのか、その原理の解明を目指しています。
もう一つ、研究室で力を入れて取り組んでいるのが「システムウイルス学」です。新型コロナのパンデミックを経験し、ウイルスの脅威から社会を守るには、さまざまなスケールで研究に取り組む必要があることを痛感しました。薬がウイルスにどう作用するかを分子レベルで調べる研究から、ウイルスの細胞内での振る舞いを調べる細胞レベルの研究、ヒトや動物の体内で病気が進行する様子を調べる病理の研究、感染の広がりを調査するマクロなスケールの疫学研究まで。これらの研究で得られた知見を総動員して、次のパンデミックに備えていきます。