1999年
東京学芸大学附属高校校卒業
2003年
東京工業大学 工学部 高分子工学科卒業
2005年
東京工業大学大学院 総合理工学 研究科物質科学創造専攻 博士前期課程修了
2007年
東京工業大学 大学院総合理工学 研究科物質科学創造専攻 博士後期課程 修了
同年
博士(工学)の学位(半期短縮)取得

クモの糸がプラスチックを代替
私の研究を説明するうえでは、「ポリマー(高分子)」を扱う高分子科学が欠かせません。みなさんはまだ習っていないかもしれないですね。

ポリマーでできた、もっとも代表的な材料がプラスチックです。プラスチックは私たちの豊かな暮らしを幅広く支えていますが、現在、その環境負荷が問題視されています(資料1)。
まずプラスチックは石油由来が多く、その製造において大量の二酸化炭素を排出します。温暖化防止の観点からこのまま使用を継続することは好ましくありません。
またプラスチックは、自然環境中で比較的安定で「生分解性」が低い、つまり自然に還りにくい性質を持っています。プラスチックは廃棄されると、海洋ゴミや微細なプラスチック片「マイクロプラスチック」として自然に残存し、長期にわたって環境を破壊してしまいます。
こういった環境問題を解決するために現在、新しいプラスチックが生まれています。たとえば生分解性が高い、植物由来のプラスチック、微生物が体内に蓄えている「バイオポリエステル」の利用などがあります。その中で私が研究しているクモの糸は「ポリペプチド」、いわゆる自然由来のタンパク質でできたポリマーです。
軽く、強く、加工がしやすいタフネスなクモの糸


クモの糸の長所は、まず軽量で「タフネス」が高いこと、つまり強靭であることです(資料2、3)。それに加え、他のプラスチックと混ぜ合わせやすく(「界面ぬれ性」が高い)、加工がしやすいという特徴があります。通常、異なる材料を混ぜ合わせてつくったものが壊れるとき、それぞれの材料の境界である「界面」から接着が剥がれて壊れてしまいます。しかしクモの糸の場合、この界面の接着性が高いという特徴があるのです。
その一方で短所は水に弱いということです。言い換えれば、置かれている環境によって物性が大きく変わってしまうということですから、材料としては致命的です。研究開発としては、この短所を克服し、長所を伸ばすことが求められます。
しかしクモの糸は100年以上研究されているにもかかわらず、その構造がよくわかっていません。私たちはまず、クモの糸の構造に迫ることで、より良い材料開発ができると考え、研究を進めました。
仮説を書き換えろ
私たちの研究チームは、クモの糸ができるメカニズムを世界で初めて詳細に明らかにしました。
そもそも、クモの糸「シルクタンパク質」ができる仕組みにはすでに有力な仮説がありました。私が留学していたアメリカの研究グループは、世界的な権威を持つ英国の科学誌『ネイチャー』に、「シルクタンパク質の粒子はクモの体内で特殊な分散をしており(ミセル構造)、放出される際に生じる特殊な作用(せん断応力)によって糸になる」という仮説を報告していました。しかし私はずっと、この仮説に疑問を抱いていました。
そこで、実際にクモの体内でどのようにシルクタンパク質ができているのかを、とても直接的な方法で調べることにしました。つまり、クモのお腹の中で糸になる前のタンパク質、糸になる直前のタンパク質、糸になった後のタンパク質を調べたのです。それも「小角X線散乱(SAXS)」という、物質の構造を測定できる装置で詳細に調べました。
すると、アメリカの研究グループが提案しているようなミセル構造は、仮に存在したとしても、クモの糸のタンパク質が取る主たる構造ではない、ということがわかったのです。
権威のある仮説が覆るかもしれない。しかし、そのためにはより詳細な測定が必要でした。
先ほどの小角X線散乱(SAXS)では、物質の構造を間接的に測定するものです。次は顕微鏡で、これらのタンパク質を直接、詳細に観察しました。物質のミクロな表面の様子を詳細に観察できる「原子間力顕微鏡」などを使用し、調べた結果、世界で誰も見たことのない、クモの糸ができるメカニズムが明らかになりました。
まず、糸になる前のタンパク質は、1ミクロン以下、あるいは1ミクロン以上の球をつくっていることがわかりました。
次に糸になる直前のタンパク質では、球が100ナノメートル前後で糸の軸方向にそって並んでいる。そして糸になった後のタンパク質もこの球が連なった構造を保っていることを、2017年に明らかにしました。私たちの研究は結果として、世界の仮説を書き換えたのです。
メカニズム解明から人工的なクモ糸の創出へ
私たちの研究チームは人工的にクモの糸をつくることに挑みました。クモの糸は、シルクタンパク質の「自己組織化」作用によって生み出されています。自己組織化がどのように起きているのか、そのメカニズムを知ることができれば、人工的にクモの糸をつくることができるはずです。
クモの体内で糸をつくるタンパク質ができると、pHの変化とともに「液-液相分離」が起き、次いで三次元的な網目が形成され、脱水を経て、繊維化します。そしてせん断応力という特殊な力がかかることで糸ができあがります。
このメカニズムを知るためには、相互作用がどのようなもので、どんな順番で起きているかを解明する必要があります。クモの糸を構成しているのはタンパク質の球(顆粒様の構造)の連なりです。しかし、球が実際にはどのように繋がって糸になっているのか、その仕組みがよくわかっていませんでした。
私たちは球を構成するタンパク質の分子機構に着目しました。このタンパク質には、「N末端(NTD)」、「繰り返し配列」、「C末端(CTD)」という区分がありました。これらの異なる区分が、どのように自己組織化を促し、クモの糸ができているのかを調べていきました。
私たちは遺伝子組み換え技術を使い、N末端とC末端を取り除いたもの、N末端を機能しなくさせたもの、繰り返し構造のみのタンパク質をつくり、クモの糸ができるかを実験しました。すると、N末端が液-液相分離を、C末端が繊維化を起こすうえで必要だという役割分担がわかりました。球の役割分担に続き、球同士が液体として振る舞うことで繊維として結びつくメカニズムについても解明を進めました。このようにして、私たちは世界で初めて人工的にクモ糸と同様の構造を持つ繊維をつくることに成功したのです。

クモの糸の研究は学術の総合格闘技
私たちは現在、水に弱い性質を克服した、水に強いクモの糸の繊維をつくり、それを使った衣服をつくりました(資料4)。さらに車のシートのフォーム材なども開発されており、最近は国際標準化されたことでクモの糸は、地球に優しい世界の材料になりつつあります。
また現在、クモの糸のデータベースも構築し、望んだ性質を持つクモの糸をつくりやすい情報環境の構築も進めています。
このように、高分子科学からお話をはじめましたが、クモの糸の研究は生物、物理、工学、さらには情報科学も含めた、いわば学術の総合格闘技です。
みなさんも勉強には得意不得意があるかもしれませんが、どうかがんばってみてください。不得意な科目が将来役に立ち、クモの糸のような未来の素材開発に結びつくことがあるかもしれませんから。