トップページ >  受賞された先生のご紹介 > 水落 憲和先生
TEACHER INTRODUCTION
水落 憲和先生NORIKAZU MIZUOCHI
【現在の所属】
京都大学化学研究所 無機フォトニクス材料研究領域 教授
【受賞当時の所属】
大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 准教授
1995年東北大学理学部卒業、2000年同大大学院理学研究科修了(博士)。同年図書館情報大学助手、同年通産省工技院融合領域研究所JRCAT研究員併任、2002年筑波大学助手、2003年より産業技術総合研究所ダイヤモンド研究センター研究員を併任。2005年筑波大学講師、2006年よりドイツ・シュトゥットガルト大学に渡航(計1年半滞在)、2010年大阪大学大学院基礎工学研究科准教授、2016年より京都大学化学研究所教授、現在に至る。

研究の進歩 ─ Progress in research ─
2020.7.27
    2012年に永瀬賞を受賞してから、早いもので8年が経ちました。その後、2016年から京都大学化学研究所に異動し、現在に至っております。ダイヤモンド中の窒素‐空孔複合体(NV)中心(図1)に魅力を感じ、2005年にNV中心の量子情報に関する研究を始めましたが、それから早いもので15年が経ちました。当時、日本では“量子”に関するテーマでNV中心を研究する方はいませんでしたが、最近は国内外で増えてきており、今後の発展が期待されます。
    NV中心は優れたスピン特性及び光学特性を有します。例えば、1個のNV中心を室温で光学的に観測でき、更にその1個のスピンも室温において光検出、及び操作でき、高度な量子状態を室温で活用できます。スピンは磁石の性質を持ち、磁場を感じるセンサや、メモリとして使うことができます。NV中心のスピンは、スピンの重ね合わせ状態を記憶する時間であるスピンコヒーレンス時間(T2)が非常に長いという特長を持ち、スピンをプローブとし、NV中心を用いた磁場、電場、温度への量子センサ応用、また将来的には量子暗号通信や量子コンピュータなどの量子情報分野への応用が期待されています。量子センサに関しては、室温動作、極めて長いT2やナノ粒子の安定性等から、他の既存センサや候補となる材料に比べ、感度と空間分解能において、際立って優れた性能を有しています。特に高空間分解能と高感度の観点では、ナノレベルの空間分解能の実現や、室温で多数のNV中心を用いることにより、超伝導量子干渉計センサ並みの磁気感度も原理的に期待できるほどの極めて優れた潜在能力を有し、生体系を含め幅広い応用が期待されています。
    受賞後の進捗としては、物質科学的な観点から重要な知見が得られた研究を紹介させていただきます。一つはNとVを結ぶ軸方向制御の研究で、もう一つは、n型ダイヤモンドを用いることにより、室温で固体系の電子スピンでは最長のT2及び、単一のNV中心としては世界最高磁場感度を実証することができた研究です。
    軸方向制御に関してですが、通常、図1に示しましたように、ダイヤモンド中のNとVを結ぶ軸は4つの方向にランダムに向きます。我々は金沢大、産業技術総合研究所(産総研)との共同研究で、化学気相堆積合成法によるダイヤモンド合成により、N-V軸の方向を4つのうちの1つのみに揃えられることを発見し、技術確立に成功しました。99%以上のNV中心が一つの軸方向に配向している事を、光検出磁気共鳴スペクトルの解析から証明しました[1]。また、機構について産総研の宮崎氏らと共にダイヤモンドのキンクフロー成長の各ステップのエネルギーを定量的に計算することにより、方向が揃う機構を理論計算より明らかにしました。1軸に方向制御されたダイヤモンド試料を用いることにより、センサ感度が4倍になることが期待されます。また、軸方向制御は量子情報分野においても重要です。多数のNV中心を用いた研究では、観測していない残りの三つの方向での信号はバックグラウンドノイズとなり、これがNV中心のT2を短くする要因となっていましたが、そのバックグラウンドノイズの低減につながり、T2の長時間化につながることが期待できます。
    単一のNV中心としては室温での世界最高磁場感度を実証することができた研究に関してですが、量子センサではT2が長いほど感度が良くなります。我々は産総研で合成された高品質なリンドープn型ダイヤモンド中の単一NV中心のT2が、あるリン濃度で非常に長いことを見出しました[2](図2)。リンは電子スピンを有するため磁気ノイズ源となり、リンをドープするとT2は短くなると考えるのが常識ですが、この結果はその常識に反する結果でした。系統的にリン濃度のみを変えた試料での結果からも、一定量以上のリンがドープされた試料において世界最長のT2が測定され、リンドープの効果が確認されました。n型ダイヤモンドによるT2長時間化は、合成中に生成した空孔関連欠陥が電荷を帯び、磁気ノイズ源となる複合欠陥の生成が抑制されたためと考えられます。精密なノイズ測定より、今回の試料でのノイズ源は、リン以外の不純物欠陥の電子スピンであることが示唆されましたが、それらの抑制により、更なるT2の長時間化も期待されます。半導体特性を有するn型ダイヤモンドにより最長のT2を実現した点は意義深く、更なる高感度化に加え、n型半導体特性を活かしたダイヤモンド量子デバイスの幅広い応用へ道を拓くものと期待されます。


図1, ダイヤモンド中のNV中心の構造とN-V軸の向き. NV中心は窒素原子(N)と炭素が抜けてできた穴(空孔:V)からなります. 通常は図に示したように、NとVを結ぶ軸(N-V軸)は4方向にランダムに向きます. 合成条件を制御することにより、N-V軸の方向を4つのうち1つの方向のみに揃えることに成功しました。


図2.ハーンエコー法によるT2測定結果。NV中心は電子スピンを有しており(図中オレンジ色の矢印)、0と1の重ね合わせ状態を実現できます。その重ね合わせ状態が1/eの大きさ(およそ0.37。eは自然対数の底)に小さくなるまでの時間がコヒーレンス時間T2です。