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TEACHER INTRODUCTION
伊丹 健一郎先生KENICHIRO ITAMI
【現在の所属】
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM) 拠点長・主任研究者
名古屋大学 大学院理学研究科物質理学専攻 教授
台湾・中央研究院化学研究所 研究フェロー

【受賞当時の所属】
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM) 拠点長・主任研究者
名古屋大学 大学院理学研究科物質理学専攻 教授
JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括
1971年生まれ。1994年京都大学工学部卒業。1998年京都大学
大学院工学研究科博士後期課程修了。1998年京都大学大学院工学研究科助手、2005年名古屋大学物質科学国際研究センター助教授を経て2008年名古屋大学大学院理学研究科教授。2012年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (WPI-ITbM)拠点長・主任研究者、2013~2020年JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト研究総括、2019年より台湾・中央研究院化学研究所研究フェローなどを兼任。

カーボンナノベルト誕生の直前だった永瀬賞授賞式
2020.11.12
    永瀬賞を頂いてから4年が経ちました。10年ほど前のことのようにも感じてしまいますが、大変名誉ある賞に選んで頂いた株式会社ナガセの永瀬昭幸社長とフロンティアサロンの先生方への感謝を忘れたことはありません。また、これまで苦楽をともにしてきた学生やスタッフは、まさに永瀬賞の共同受賞者であり、伊丹研究室として頂いたものだと思っております。

    2016年9月23日、帝国ホテル東京で1000人を超える高校生の前で「チカラある分子を創る:合成化学・ナノカーボン科学・生命科学の融合」と題した受賞記念講演をさせて頂きました。学生とともにワクワク感を最優先にして取り組み続けた研究を高校生の皆さんの前で直接伝えられたときの興奮は今でもはっきりと覚えています。と同時に、「もし授賞式が1週間遅れていれば、全く違う講演をすることになっていたなあ」と、今日までずっと思い続けていました。今回は、永瀬賞授賞式の前後に伊丹研究室で起こっていた「世界初のカーボンナノベルトの合成」の物語を少し紹介したいと思います。

    2016年9月、化学者が60年以上に渡って追い求めてきた夢の筒状炭素分子「カーボンナノベルト」を我々は遂に合成することができました(図1)※1。12年にもおよぶ伊丹研の汗と涙の結晶でした。カーボンナノベルトとは、一言で言えば「短尺のカーボンナノチューブ」ですが、実はカーボンナノチューブが発見される前から化学者の合成標的となっていた「夢の分子」でした。研究の詳細は別の日本語解説などを参考にして頂ければと思います※2

    カーボンナノベルトの合成が中々達成できない状況の中、「自分たちは本当に本気になっているのか。研究が散漫になって最優先課題がおろそかになっているのではないか。」と自問自答し始めていた私は、2015年9月28日に研究室メンバーを集めて起死回生の「ベルト祭り」宣言をしました。ある一定期間、メンバーの多くをカーボンナノベルト合成に集中させ、短期決戦で「夢の分子」を手に入れるというプランでした。それから 10ヶ月が経った2016年8月、合成を担当していたポスドクのGuillaume Povie君からカーボンナノベルトらしき物質のデータを見せてもらい、ボルテージは一気に上がりました。

    しかし、本当にカーボンナノベルトができているかはX線結晶構造解析の結果を待たなければいけませんでした。結晶構造解析を最も得意とする瀬川泰知君(現:分子研准教授)に結晶の成長や良質な結晶の選定とX線測定を進めてもらっていました。一方、私は研究室を一時も離れたくない気持ちを抑えて、既に予定が入っていた国内外の出張・講演を重ねていました。「遂にカーボンナノベルトの合成に成功!」というスライドを入れたいと思いを抑え、別のプロジェクトの話をしていました。9月7日米国エール大学、9月9日米国ネバダ大学、9月13日米国オレゴン大学、9月20日名古屋大学、9月23日永瀬賞授賞式(東京)、9月24日卒業生結婚式(長崎)、9月26-27日北海道大学という、当時は殺人的なスケジュールでした。永瀬賞受賞記念講演は、まさに「ナノベルトの話をしたいのにできない」状況下での講演だったわけで、このフラストレーションと1000人を超える高校生を目の前にした興奮が入り混じった講演として、忘れるはずもありません。

    この間、瀬川君は構造解析をする一歩手前まで来ていましたが、ナノベルトの構造を「見る」作業は、研究室メンバーが見守る前で行いたいと、私が研究室に戻るまで待ってくれました。2016年9月28日、北大からセントレア空港経由で研究室に直行し、研究室のセミナー室で「公開」構造解析がスタートしました。そして、14:03、瀬川君が解析ボタンを押すと、大型モニターにはカーボンナノベルトの完璧な構造が目の前に現れました。この歴史的瞬間に研究室が歓喜に包まれました。この構造解析の一部始終は伊藤英人君(准教授)がこっそりビデオ撮影をしていたため、現在YouTubeでも見ることができます※3。9月28日は「ベルト祭り宣言」からちょうど一年という日でした。何から何までドラマであり、研究室メンバー全員が決して忘れることができない記念日となりました。

    また、この1週間後の10月5日には、J. Fraser Stoddart先生らが分子マシンの研究でノーベル化学賞を受賞することが発表されました。実はStoddart先生は分子マシンの研究をする以前にカーボンナノベルトの合成に挑戦していたため、私達の研究はStoddart先生らが残した「宿題」への答えでもありました。すぐにStoddart先生のノーベル賞祝福のメールを送りましたが、Stoddart先生は我々のカーボンナノベルトの合成を誰よりも喜んで下さいました。

    研究をしていると色々なことや人が思いもしないタイミングでつながっていくことがあります。カーボンナノベルト誕生の直前のツアーの間、9月24日(永瀬賞授賞式翌日)の長崎での卒業生の結婚式で上田泰己さん(第1回永瀬賞)にお会いしていました。実は、上田さんは私の研究室卒業生の元学生の従兄弟だったのです。また、9月26-27日の北海道大学での集中講義と講演会では、猪熊泰英さん(第5回永瀬賞)と一緒でした。永瀬賞とカーボンナノベルト、なぜかとても縁があったと思っています。こんなこともあって、本当はカーボンナノベルトの物語を永瀬賞受賞記念講演でしたかったのです。たった1週間だったのに。でも、これはまた別に機会にその後の研究の進展とともにお話させて頂きたいと思います。

文献
※1. “Synthesis of a carbon nanobelt” G. Povie, Y. Segawa, T. Nishihara, Y. Miyauchi, K. Itami, Science 356, 172-175 (2017).
※2. 「世界初、カーボンナノベルト合成までの軌跡 – 12年の歴史とドラマ」、伊丹健一郎、瀬川泰知、大町遼、八木亜樹子、化学 72, 29-37 (2017).
※3. https://www.youtube.com/watch?v=cABZla9w0uo

図1.世界初のカーボンナノベルトの合成